七里田温泉 下ん湯(したんゆ)

七里田温泉

七里田温泉 下ん湯(したんゆ)

下ん湯(したんゆ)は大分弁で下の湯(したのゆ)の意味。
長湯温泉郷から少し離れた久住町にある共同浴場の炭酸温泉。温泉マニアの間でその泡の量においてすさまじいと評される事もある。
浴槽横の注意書きに、寝そべったりしてはいけないと言う酸欠による事故の注意書きもある。
温泉としての歴史は古く、弥生時代や古墳時代から温泉が集落を発生させたと考えられている。
奈良時代の豊後風土記に七里田温泉や長湯温泉と思われる記述がある。鎌倉時代から戦国時代にかけて領主の朽網氏に愛され、天正5年(1577)に、領主の朽網宗暦が嫡子鎮則に
「温泉はこの地の宝である。土地の決め事を守り修理や掃除に怠りの無いように申し付ける」と教訓状を与えている。
岡藩中川氏の治世の頃に、岡藩三代目藩主、中川久清公(入山公)が、この地に御客屋を建てて湯治に使っていた。
代々の領主たちにも愛された秘湯は、今もこんこんと炭酸の泡を含んだ湯を湧かせている。

七里田温泉

七里田温泉

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